神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)618号 判決 1981年10月30日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 乙山一郎
原告 乙山一郎
被告 丙川春夫
右訴訟代理人弁護士 丁原夏夫
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一申立
一 原告ら
1 被告は原告甲野太郎に対し、金三〇万円、同乙山一郎に対し、金五〇万円及び右各金員に対する訴状送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
主文同旨
第二主張
一 原告らの請求原因
1 原告乙山と被告外四名間の神戸地方裁判所昭和四九年(ワ)第九二八号損害賠償請求事件(以下、前事件という。)において、被告は弁護士丁原夏夫に訴訟代理を委任して訴訟を追行していたが、被告の右訴訟代理人がその口頭弁論期日で提出、陳述した準備書面には、次のような言辞が記載されていた。
(一) 昭和五三年三月七日付及び同年四月四日付準備書面には、「原告(本件の原告乙山)は、甲区長(乙生産森林組合創立委員)が実兄の甲野太郎(本件の原告甲野)であることを幸いに、同人と共謀の上、同人をして財産区民や他の森林組合員不知の間に、組合員名簿に自己名を記載させて虚偽文書を作成した。」旨及び「原告らの言動に照らせば、組合規約は同人らにより隠匿又は廃棄されたと推認するほかはない。」旨の各記載
(二) 同年五月一八日付準備書面には、「原告を含む七八名が共有登記名義を取得した山林についても、原告は兄甲野太郎と共謀して、払受資格がないのに、私利私慾に捉われ共有登記名義を取得し、時価数千万円相当の不動産を取得するや、これを奇貨とし、殆んど他の共有者、他の組合員を相手とし無理難題をふきかけているのが実情である。」旨の記載
2 被告の右各準備書面記載の文言は、いずれも真実に反し、かつ、原告らの名誉、信用及び品位を毀損するものである。
3 更に、被告は、昭和五五年七月一二日、美嚢郡丁町甲の公民館において、部落民多数が集会している席上で、右準備書面記載に関する原告らの名誉、信用を毀損する事項を、甲区長丁原秋夫らをして公表せしめた。
4 よって、被告に対し、名誉毀損(不法行為)による慰藉料として、原告甲野は金三〇万円、同乙山は金五〇万円及び右各金員に対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の認否及び抗弁
1 請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。同3の事実は否認する。
原告らが問題視する被告の準備書面は、いずれも証拠に基づいてした防禦的主張にすぎず、しかも、すべて適法な訴訟資料の提出行為であるから、何らの違法性もない。
2 仮に、それが不法行為を構成するとしても、その責任は当該準備書面を作成した弁護士たる訴訟代理人に及ぶことはあっても、本人である被告に及ぶものではない。
三 抗弁に対する原告らの認否
争う。
第三証拠《省略》
理由
一 原告ら主張の請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、先ず、前事件において、被告の提出、陳述した問題の準備書面の記載内容が、原告らの名誉等を毀損する程度のものであるか否かにつき検討するに、当事者主義ないし弁論主義をとる民事訴訟の下においては、当事者をして互に自由に忌憚のない主張(攻撃防禦方法)を尽させることが重要であるから、時にかなり強い表現を用いたり、場合によっては、相手方の名誉感情を刺戟するような発言や主張をすることも、ある程度やむを得ない場合があるのが訴訟の実態である。従って、一見妥当を欠く表現であっても、それが、故意に愚劣、粗暴な言辞を弄して、相手方を著しく中傷、誹謗するものでない限り、名誉毀損にはならない(違法性がない)と解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原告らの指摘する被告の前記各準備書面の記載部分を子細に検討しても、格別原告らを中傷、誹謗する言辞は窺われず、強いてこれを取り上げるならば、「虚偽文書を作成した。」とか「隠匿又は廃棄させたと推認するほかない。」とか「私利私慾に捉われ、無理難題をふきかけている。」等の記載部分をいうものと推測されるが、これらの表現も、原告らの主観的感情はともかく、社会通念上、殊に普通一般に行われている訴訟の実態に照らせば、未だこの内容、程度では、原告らの名誉等を侵害するに至っているとは到底認め難いところである。
そうすると、右記載部分の事実の真否性、その他につき判断するまでもなく、この点に関する原告らの主張は理由がないものといわなければならない。
三 次に、原告らの請求原因3の主張については、要するに、被告の右準備書面の記載部分が原告らの名誉を毀損するものであることを前提とするところ、これが認められないことは前示のとおりであるから、右原告らの主張も採用の限りでない。(もっとも、その主張の真実自体も、これを認め得る何らの証拠がない。)
四 よって、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却し、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永岡正毅)